主な研究テーマ

1. 追従眼球運動(Ocular Following Responses: OFR)

追従眼球運動(OFR)とは、広い視野の視覚刺激の動きによって誘発される滑らかな反射性眼球運動である。運動の潜時は極めて短く、サルで50-70ms, ヒトで70-90ms程度である。従って、脳内で起きた神経活動レベルでの変化を、行動レベルで観測することに適した運動であると言える。また、OFRの駆動に関連する神経回路もほぼ明らかになっている(see review by Kawano 1999)。概要を述べると、視覚刺激の動きの情報が大脳皮質のMST野でポピュレーション符号化され(Takemura et al. 2002, Kawano et al. 1994)、その情報が背外側橋核(DLPN)を経て(Kawano et al. 1992)、小脳皮質腹側傍片葉(VPFL)へ至り(Shidara and Kawano 1993)、前庭神経核を経て眼外筋に運動指令が伝達される。これらの神経回路を経る中で、視覚情報は運動情報へと変換される。MSTやDLPNでは全方位にあった適刺激方向が、小脳では水平方向、垂直方向の2次元情報となることから、小脳以降は運動情報を符号化しているものと推測される。

 

また、小脳皮質の神経活動は、眼球運動の逆ダイナミクスを符号化していることも報告されている(Shidara et al. 1993)。さらに、小脳皮質における、平行線維入力と登上線維入力の相互作用によって生じるシナプス可塑性を仮定したOFRモデルで、眼外筋の動特性に応じたOFRを生後獲得できるシミュレーション実験も行われている(Yamamoto et al. 2002)。この学習モデルは、フィードバック誤差学習の枠組み(Kawato et al.1987)と非常に相性が良く、小脳が採用している運動学習の方策に計算論的解釈を与える。このように、OFRは、神経活動のレベルから、行動レベル、さらには計算理論のレベルまで、首尾一貫して脳の機能を理解する為の理想的なモデルシステムの一つであるといえる。

本研究室では、このOFRに加えて、OFRと共通の神経回路を利用している可能性のある円滑性追跡眼球運動(smooth pursuit eye movements)を主な題材として、様々な研究を行っている。最近、OFRは輝度の時空間的変化によって定義できる一次運動刺激によって駆動されていることが明らかになった。今後、OFRを行っている時の、眼球運動と関係する脳の部位の活動を調べることによって、一次運動刺激を脳が解析するときのメカニズムを詳細に理解できる可能性がある。さらに、OFRとsmooth pursuitの駆動の機序に違いがあるか否かも検証中である。

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  • Miura K., Matsuura K., Taki M., Tabata H., Inaba N., Kawano K. , Miles F.A., Vision Res., 46: 896-878, 2006, PDF

2. トップダウン型注意とボトムアップ型注意の神経機構

視覚探索では少なくとも二つの異なる起源をもつ注意機構が働いていると考えられている。一つはボトムアップ型の注意と呼ばれるものであり、眼前に与えられた視覚刺激そのものの性質によって引き起こされる受動的な注意である。もう一つは、トップダウン型の注意と呼ばれるものであり、予備的な知識や意図によって特定の空間位置や刺激特徴に関心を向けることを可能にする能動的な注意過程である。トップダウン型注意とボトムアップ型注意を分離できる課題を開発し、サルのV4野などから神経活動を記録した結果、V4野ではボトムアップ性からトップダウン性への情報表現がダイナミックに変化していることを明らかにすることにはじめて成功した。

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  • Ogawa T., Komatsu H., Exp. Brain Res. 173: 1-13, 2006, PDF
  • Ogawa T., Komatsu H., J. Neurosci. 24: 6371-6382, 2004, PDF

3. 時々刻々と変化する複雑な環境の中で、脳はどのように文脈にふさわしい運動を生成するのか? Supported by JSPS.KAKENHI(16GS0312)

高等生物は、素早く滑らかな運動を行うことができるという特徴を持つが、さらに、状況に応じて行うべき運動を変化させるという柔軟性も持ち合わせている。この柔軟な運動変化に、過去の経験の履歴はどのように作用するのだろう?また、従来、運動学習には小脳皮質のシナプス可塑性が重要な役割を果たしていると言われているが、状況に応じてオンラインで行動を変化させるというような非常に早い運動切り替えは、脳のどこで、そしてどのようなニューラルメカニズムで制御されているのだろう?ヒト、サルの追跡眼球運動を対象として、行動学的実験と計算論的手法を組み合わせた研究を行っている。

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  • Tabata H., Miura K., Kawano K., J. Cognitive Neurosci., 17: 1962-1968, 2005, PDF
  • Tabata H., Miura K., Taki M., Matuura K., Kawano K., J. Neurophysiol. 96: 3051-3063, 2006, PDF

4. 脳は世界座標の動きの情報をどのように再構成しているか? Supported by MEXT.KAKENHI (17022019)

静止した視標を注視しているときでも、動いている視標を目で追いかけているときでも、その背後で動くものの速度を脳は正しく認識することができる。しかし、脳への入力となる視覚的な動きの信号は、前者と後者で大きく異なる。前者は、背後で動くものの世界座標での動きが直接入力されるわけだが、後者は、自身の目が動いているため、背後で動くものの世界座標での速度から自分自身の眼球運動を引き算した情報しか得られない。この網膜上の相対的な動きの情報から、脳は、どのように世界座標での動きの信号を計算しているのだろう?動きの情報処理に関係するといわれる、大脳皮質のMT野、MST野に注目し、サルを用いた電気生理学的実験を行っている。また、ヒトを用いた心理物理学的実験も平行して行っている。

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  • Inaba N., Shinomoto S., Yamane S., Takemura A., Kawano K., J. Neurophysiol., in press

5. 短時間で生じる動きに対する適応現象を眼球運動で見れるか?

流れ落ちる滝をしばらく見た後、隣の崖の部分を見ると、崖が滝の流れとは逆方向へ動いて見える、いわゆる運動残効と呼ばれる現象がある。これは、動きを知覚する領野であるMT野やMST野における適応現象によって生じると考えられている。これらの領野は、追跡眼球運動や追従眼球運動の駆動にも関係する。動きに対する適応現象の結果、眼球運動にも影響が出るだろうか?もし出るなら、本来知覚的なものである現象を、運動を使って客観的に評価できるようになるという可能性を秘めている。この問題に、ヒトを使った行動学的手法でアプローチしている。

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  • Taki M., Miura K., Tabata H., Hisa Y., Kawano K. Exp. Brain Res., 175: 425-438, 2006, PDF

6. これ以外にも様々な研究テーマがあります。学生さんの自由な発想を歓迎します。

references:

  • Takemura A, Kawano K, Quaia C, Miles FA.
    Population coding in cortical area MST.
    Ann N Y Acad Sci. 2002 Apr;956:284-96.
  • Yamamoto K, Kobayashi Y, Takemura A, Kawano K, Kawato M.
    Computational studies on acquisition and adaptation of ocular following responses based on cerebellar synaptic plasticity.
    J Neurophysiol. 2002 Mar;87(3):1554-71.
  • Kawano K.,
    Ocular tracking: behavior and neurophysiology.
    Current Opi. Neurobiol. 1999,9:1554-71.
  • Kawano K, Shidara M, Watanabe Y, Yamane S.
    Neural activity in cortical area MST of alert monkey during ocular following responses.
    J Neurophysiol. 1994 Jun;71(6):2305-24.
  • Shidara M, Kawano K, Gomi H, Kawato M.
    Inverse-dynamics model eye movement control by Purkinje cells in the cerebellum.
    Nature. 1993 Sep 2;365(6441):50-2
  • Shidara M, Kawano K.
    Role of Purkinje cells in the ventral paraflocculus in short-latency ocular following responses.
    Exp Brain Res. 1993;93(2):185-95
  • Kawano K, Shidara M, Yamane S.
    Neural activity in dorsolateral pontine nucleus of alert monkey during ocular following responses.
    J Neurophysiol. 1992 Mar;67(3):680-703.
  • Kawato M, Furukawa K, Suzuki R.
    A hierarchical neural-network model for control and learning of voluntary movement.
    Biol Cybern. 1987;57(3):169-85.